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≪知財判例紹介「マキサカルシトール事件」≫

平成27年(ネ)第10014 
特許権侵害行為差止請求控訴事件 

平成28325日 知的財産高等裁判所

関連の裁判

東京地裁:平成25年(ワ)第4040号 
     特許権侵害行為差止請求事件

最高裁  平成28年(受)第1242号
     特許権侵害行為差止請求事件

      平成29年3月24日 第二小法廷判決

【1】事件の概要

本事件は、角化症治療薬の有効成分であるマキサカルシトールを含む化合物の製造方法の特許に係る特許権(特許第3310301号「ビタミンDおよびステロイド誘導体の合成用中間体およびその製造方法」、以下、本件特許という)の共有者である被控訴人が、原審において、控訴人らの輸入販売等に係る医薬品の製造方法(以下、控訴人方法という)は、上記特許に係る特許請求の範囲に記載された構成と均等なものであり、その特許発明の技術的範囲に属すると主張して、控訴人らに対し、当該医薬品の輸入販売等の差止め及びその廃棄を求めた事案である。

原審および知財高裁の大合議判決において、均等の5要件が判断され、控訴人方法は、本特許権の訂正後の特許請求の範囲(請求項13)に係るマキサカルシトールを含む、活性型ビタミンD3誘導体の製造方法に関する発明(以下、訂正発明という)と均等であることが認められ、控訴人らに対し、当該医薬品の輸入販売等の差止めが命じられた。また、最高裁判決においても、知財高裁の判断が是認された。


【2】本事件の注目点

 本事件では、知財高裁の大合議判決において均等の5要件が判断され、判決文において、

    均等の5要件の主張立証責任を負う者について

    均等の第1要件(非本質的部分)の本質的部分の認定について

    均等の第5要件(特段の事情)の判断基準

が示された。

3】訂正発明の分説(構成要件A-1~E)

A-1 下記構造を有する化合物の製造方法であって:

A-2(式中,nは1であり;

A-3R1およびR2はメチルであり;

A-4WおよびXは各々独立に水素またはメチルであり;

A-5YはOであり;

A-6そしてZは,式:

のステロイド環構造,または式:

のビタミンD構造であり,Zの構造の各々は,1以上の保護または未保護の置換基および/または1以上の保護基を所望により有していてもよく,Zの構造の環はいずれも1以上の不飽和結合を所望により有していてもよい)

B-1 (a)下記構造:

(式中,W,X,YおよびZは上記定義の通りである) を有する化合物を

B-2 塩基の存在下で下記構造:

(式中,n,R1およびR2は上記定義の通りであり,そしてEは脱離基である)

を有する化合物と反応させて,

B-3 下記構造:

を有するエポキシド化合物を製造すること;

C (b)そのエポキシド化合物を還元剤で処理して化合物を製造すること;および

D (c)かくして製造された化合物を回収すること;

E を含む方法。

【4】訂正発明と上告人方法との相違点

上記構成B-1、B-2、およびCにおいて、訂正発明は、B-1 (a)構造中のZにおけるビタミンD構造がシス体であるのに対し、控訴人方法では、トランス体のビタミンD構造が用いられている点

【5】均等の5要件の判断

【5-1】均等の5要件の主張立証責任を負う者について

 高裁判決文第49頁第5行目~同頁第13行目において、「
そして、第1要件ないし第5要件の主張立証責任については、均等が、特許請求の範囲の記載を文言上解釈し得る範囲を超えて、これと実質的に同一なものとして容易に想到することのできるものと認定される範囲内で認められるべきものであることからすれば、かかる範囲内であるために要する事実である第1要件ないし第3要件については、対象製品等が特許発明と均等であると主張する者が主張立証責任を負うと解すべきであり、他方、対象製品等が上記均等の範囲内にあっても、均等の法理の適用が除外されるべき場合である第4要件及び第5要件については、対象製品等について均等の法理の適用を否定する者が主張立証責任を負うと解するのが相当である。」と示された。

【5-2】均等の第1要件(非本質的部分)について

 高裁判決文第50頁第4行目~第51頁第6行目において、本質的部分の認定について以下の基準が示された。
 「そして、上記本質的部分は、特許請求の範囲及び明細書の記載に基づいて、特許発明の課題及び解決手段 (特許法36条4項,特許法施行規則24条の2参照)とその効果(目的及び構成とその効果。平成6年法律第116号による改正前の特許法36条4項参照)を把握した上で、特許発明の特許請求の範囲の記載のうち、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が何であるかを確定することによって認定されるべきである。すなわち、特許発明の実質的価値は、その技術分野における従来技術と比較した貢献の程度に応じて定められることからすれば、特許発明の本質的部分は、特許請求の範囲及び明細書の記載、特に明細書記載の従来技術との比較から認定されるべきであり、そして、①従来技術と比較して特許発明の貢献の程度が大きいと評価される場合には、特許請求の範囲の記載の一部について、これを上位概念化したものとして認定され(後記ウ及びエのとおり、訂正発明はそのような例である。)、②従来技術と比較して特許発明の貢献の程度がそれ程大きくないと評価される場合には、特許請求の範囲の記載とほぼ同義のものとして認定されると解される。ただし、明細書に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところが、出願時(又は優先権主張日。以下本項(3)において同じ)の従来技術に照らして客観的に見て不十分な場合には、明細書に記載されていない従来技術も参酌して、当該特許発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が認定されるべきである。そのような場合には、特許発明の本質的部分は、特許請求の範囲及び明細書の記載のみから認定される場合に比べ、より特許請求の範囲の記載に近接したものとなり、均等が認められる範囲がより狭いものとなると解される。また、第1要件の判断、すなわち対象製品等との相違部分が非本質的部分であるかどうかを判断する際には、特許請求の範囲に記載された各構成要件を本質的部分と非本質的部分に分けた上で、本質的部分に当たる構成要件については一切均等を認めないと解するのではなく、上記のとおり確定される特許発明の本質的部分を対象製品等が共通に備えているかどうかを判断し、これを備えていると認められる場合には、相違部分は本質的部分ではないと判断すべきであり、対象製品等に、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分以外で相違する部分があるとしても、そのことは第1要件の充足を否定する理由とはならない。

 そして、高裁判決文第63頁第5行目~同頁第25行目において、「エ 訂正発明の本質的部分  訂正発明の上記課題及び解決手段とその効果に照らすと、訂正発明の本質的部分(特許請求の範囲の記載のうち、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分)は、ビタミンD構造又はステロイド環構造の20位アルコール化合物を、末端に脱離基を有する構成要件B-2のエポキシ炭化水素化合物と反応させることにより、一工程でエーテル結合によりエポキシ基を有する側鎖を導入することができるということを見出し、このような一工程でエーテル結合によりエポキシ基を有する側鎖が導入されたビタミンD構造又はステロイド環構造という中間体を経由し、その後、この側鎖のエポキシ基を開環するという新たな経路により、ビタミンD構造又はステロイド環構造の20位アルコール化合物にマキサカルシトールの側鎖を導入することを可能とした点にあると認められる。一方、出発物質の20位アルコール化合物の炭素骨格(Z)がシス体又はトランス体のビタミンD構造のいずれであっても、出発物質を、末端に脱離基を有するエポキシ炭化水素化合物と反応させることにより、出発物質にエーテル結合によりエポキシ基を有する側鎖が導入された中間体が合成され、その後、この側鎖のエポキシ基を開環することにより、マキサカルシトールの側鎖を導入することができるということに変わりはない。この点は、中間体の炭素骨格(Z)がシス体又はトランス体のビタミンD構造のいずれである場合であっても同様である。したがって、出発物質又は中間体の炭素骨格(Z)のビタミンD構造がシス体であることは、訂正発明の特許請求の範囲の記載のうち、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分とはいえず、その本質的部分には含まれない。」との判断が示された。

【5-3】均等の第2要件(置換可能性)について

 高裁判決文第68頁第16行目~同頁第26行目において、「控訴人方法における上記出発物質A及び中間体Cのうち訂正発明のZに相当する炭素骨格はトランス体のビタミンD構造であり、訂正発明における出発物質(構成要件B-1)及び中間体(構成要件B-3)のZの炭素骨格がシス体のビタミンD構造であることとは異なるものの、両者の出発物質及び中間体は、いずれも、ビタミンD構造の20位アルコール化合物を、同一のエポキシ炭化水素化合物と反応させて、それにより一工程でエーテル結合によりエポキシ基を有する側鎖が導入されたビタミンD構造という中間体を経由するという方法により、マキサカルシトールを製造できるという、同一の作用効果を果たしており、訂正発明におけるシス体のビタミンD構造の上記出発物質及び中間体を、控訴人方法におけるトランス体のビタミンD構造の上記出発物質及び中間体と置き換えても、訂正発明と同一の目的を達成することができ、同一の作用効果を奏しているものと認められる。」との判断が示され、控訴人方法は、均等の第2要件を充足すると認められた。

【5-4】均等の第3要件(置換容易性)について

 高裁判決文第70頁第26行目~第71頁第10行目において、「そうすると、控訴人方法の実施時(本件特許権の侵害時)において、訂正発明の目的物質に含まれるマキサカルシトールを製造するために、訂正発明の出発物質における「Z」として、シス体のビタミンD構造の代わりに、トランス体のビタミンD構造を用い、この出発物質Aを、訂正発明の試薬と同一の試薬Bと反応させて、トランス体である以外には訂正発明の中間体と異なるところがない中間体Cを生成すること、中間体Cの側鎖のエポキシ基を開環してマキサカルシトールの側鎖を有するトランス体である物質Dを得ること、最終的には物質Dに光照射を行いシス体へと転換し、水酸基の保護基を外して、訂正発明の目的物質と同じマキサカルシトールを製造するという控訴人方法は、当業者が訂正発明から容易に想到することができたものと認められる。したがって,控訴人方法は,均等の第3要件を充足すると認められる」と判断された。

【5-5】均等の第4要件(対象方法の容易推考性)について

 控訴人らは、控訴人方法に関し、原審において、特表平4-504573に開示された発明(原審における乙4発明)を中心とする本件優先日時点における公知技術に基づいて、容易に推考できたものであると主張した。しかし、原審においてこれが認められないとの判断がなされ、高裁でもかかる判断が引用され、控訴人方法について、均等の第4要件における対象方法の容易推考性は認められないとされた。

【5-6】均等の第5要件(特段の事情)について

 高裁判決文第72頁第5行目~第73頁第24行目において、以下のとおり均等の第5要件の判断基準が示された。
 「() この点、特許請求の範囲に記載された構成と実質的に同一なものとして、出願時に当業者が容易に想到することのできる特許請求の範囲外の他の構成があり、したがって、出願人も出願時に当該他の構成を容易に想到することができたとしても、そのことのみを理由として、出願人が特許請求の範囲に当該他の構成を記載しなかったことが第5要件における「特段の事情」に当たるものということはできない。なぜなら、①上記のとおり、特許発明の実質的価値は、特許請求の範囲に記載された構成以外の構成であっても、特許請求の範囲に記載された構成からこれと実質的に同一なものとして当業者が容易に想到することのできる技術におよび、その理は、出願時に容易に想到することのできる技術であっても何ら変わりがないところ、出願時に容易に想到することができたことのみを理由として、一律に均等の主張を許さないこととすれば、特許発明の実質的価値のおよぶ範囲を、上記と異なるものとすることとなる。また、②出願人は、その発明を明細書に記載してこれを一般に開示した上で、特許請求の範囲において、その排他的独占権の範囲を明示すべきものであることからすると、特許請求の範囲については、本来、特許法36条5項、同条6項1号のサポート要件及び同項2号の明確性要件等の要請を充たしながら、明細書に開示された発明の範囲内で、過不足なくこれを記載すべきである。しかし、先願主義の下においては、出願人は、限られた時間内に特許請求の範囲と明細書とを作成し、これを出願しなければならないことを考慮すれば、出願人に対して限られた時間内に、将来予想されるあらゆる侵害態様を包含するような特許請求の範囲とこれをサポートする明細書を作成することを要求することは酷であると解される場合がある。これに対し、特許出願に係る明細書による発明の開示を受けた第三者は、当該特許の有効期間中に、特許発明の本質的部分を備えながら、その一部が特許請求の範囲の文言解釈に含まれないものを、特許請求の範囲と明細書等の記載から容易に想到することができることが少なくはないという状況がある。均等の法理は、特許発明の非本質的部分の置き換えによって特許権者による差止め等の権利行使を容易に免れるものとすると、社会一般の発明への意欲が減殺され、発明の保護、奨励を通じて産業の発達に寄与するという特許法の目的に反するのみならず、社会正義に反し、衡平の理念にもとる結果となるために認められるものであって、上記に述べた状況等に照らすと、出願時に特許請求の範囲外の他の構成を容易に想到することができたとしても、そのことだけを理由として一律に均等の法理の対象外とすることは相当ではない。

() もっとも、このような場合であっても、出願人が、出願時に、特許請求の範囲外の他の構成を、特許請求の範囲に記載された構成中の異なる部分に代替するものとして認識していたものと客観的、外形的にみて認められるとき、例えば、出願人が明細書において当該他の構成による発明を記載しているとみることができるときや、出願人が出願当時に公表した論文等で特許請求の範囲外の他の構成による発明を記載しているときには、出願人が特許請求の範囲に当該他の構成を記載しなかったことは、第5要件における「特段の事情」に当たるものといえる。なぜなら、上記のような場合には、特許権者の側において、特許請求の範囲を記載する際に、当該他の構成を特許請求の範囲から意識的に除外したもの、すなわち、当該他の構成が特許発明の技術的範囲に属しないことを承認したもの、又は外形的にそのように解されるような行動をとったものと理解することができ、そのような理解をする第三者の信頼は保護されるべきであるから、特許権者が後にこれに反して当該他の構成による対象製品等について均等の主張をすることは、禁反言の法理に照らして許されないからである。

 そして、高裁判決文第78頁第17行目~同頁第22行目において、h 以上によれば、本件においては、出願人が訂正明細書において訂正発明の出発物質をトランス体のビタミンD構造とする発明を記載しているとみることはできず、出願人が出願時に訂正発明の出発物質に代替するものとしてトランス体のビタミンD構造を認識していたものと客観的、外形的にみて認められないから、出願人が特許請求の範囲に「Z」をトランス体のビタミンD構造とする構成を記載しなかったことが、第5要件における「特段の事情」に当たるものということはできない。」と判断された。               


弁理士 栗田由貴子

以上